ホール音響の夕べ
『音響学から読み解くフェスティバルホールの魅力』
フェスティバルホールの客席を、1階席前方→1階席後方→3階席と移動し、生演奏を聴き比べるワークショップに参加してきました。
結論を先に言うと、座席によって、明らかに響きが違うのです。
フェスティバルホールには、年に何度かは足を運んでいますが、まさかこんな違いがあるとは。
下は、当日いただいた資料です。
せっかくの機会なので、シロウトなりに予想を立てたうえで聴き比べてみました。
演奏①はダイレクトな音が大半を占める。②は、いろいろ反響して①より音が丸くなる。③は、さらに重層的に聴こえる(ダイレクト音はごく一部)
…というざっくり予想。
演奏者は、大阪フィルハーモニー交響楽団のチェロ奏者の近藤浩志氏。
サン=サーンス「白鳥」、J.Sバッハ「フランス組曲3番メヌエット」より抜粋して演奏されます。
旋律を歌い上げるような「白鳥」と、対照的に、軽快なスタッカートを交えて奏でる「メヌエット」。
座席によって、どんな違いがあるかなー。集中…。
実際に聴いてみると、(注:個人の感想です)
①(1階席前方)は楽器から直接聴こえる音が大半を占める一方、
音が湯気のようにステージ上の空間を立ち昇っていく感じ。
②(1階席後方)は、舞台から座席に向かって、ものすごくストレートに音が届く。
③(3階席)は、ミルフィーユのように音をとりまく ”層” をたくさん聴いている感じ。
思っていた以上に明らかな違いが感じられて、これはエライもんやと思いながら、1階席前方に戻りました。
次に、演奏者がステージ上を下図のように移動して演奏されます。
1は通常の演奏位置。
2は、うっかりすると演奏者が舞台から転げ落ちてしまいそうな、ぎりぎりの位置。
前から2列目の席に座ったこともあって、ほとんど目の前で演奏される。
音が大きく、直接的。
3は、舞台奥の壁に演奏者の背中が付きそうな位置。
ステージ全体の空間の広がりを感じさせる音。“空間が鳴っている” 感じ。
4は、明らかに右に偏って聴こえる。
演奏した近藤氏によると、
2は自分の前方から返ってくる響きが増えるが、(舞台後ろの)反響板からの音が聴こえない。
3は、後ろの反響板を通して聴こえる音が多い。
とのこと。
その後、ホール音響設計の専門家、日高孝之氏のお話。専門用語を使わないわかりやすい解説で、こちらも「へぇー」の宝庫でした。一部抜粋すると…
・古典派とロマン派と現代音楽では求められる響きが違うので、ホール設計では平均的なところをとる(ロマン派が演奏される機会が多いので、ロマン派寄りになるとか)。
・音の高さによって、音の飛んでいく方向がちがう(チェロの弦二本の音は、上に飛んでいくらしい)。
・音を(でこぼこの反響版で)いろんな方向に拡散、散乱させると、人はそれを心理的に「やわらかい音」と感じる。
・聴く人の感性、好みも考えて設計されている。
音楽を主にオーディオ機器で聴いてきた人は音の粒立った(分離した)演奏が好みで、主に生演奏を聴いて育っている人は音の融合した、空間全体の響きを好む
‥などなど。
知っている人には何でもないことかもしれませんが、ふだん何も知らずに聴いていた身には目からウロコの連続です。
ホール設計の妙、そしてホールの響きに合わせた演奏者の工夫があってこそ、すばらしい演奏を楽しめるのだなぁ…と感心しきり。
終了予定時刻まで余裕ができたとのことで、最後に2曲演奏してくださいました。
無伴奏チェロ組曲と、パブロ・カザルスの「鳥の歌」。(座席移動はなし)
通常の演奏会では、演奏が終了するや、余韻に浸る暇もなく拍手が聞こえてきて残念に思うことが多いですが、この日はそれがなく…
残響が消え去るのを見届けたあとの、長い長い余韻。その沈黙の、なんと豊かだったことか。